ここじゃなくてもいいんだ。行こう。

体に良いこと、頭に良いこと、心に良いこと、そしてイスラムと。夢blog

イスラムを選んでから何が起きたか: 家族との問題 What happened after Islam: Family problem

家族との問題、である。

 

なんども言わせていただくが、「宗教」と言うものの中に、仏教神道キリスト教は、入らない。それ以外の「〜教」が「宗教」と呼ばれる、と全くの私的見解。「宗教」には、胡散臭さや、怪しさ、不確かさがつきまとうらしい。したがって、「あの人宗教やってるらしい」とか、「宗教にかぶれる」などと言われるが、神社で参拝していても決してそのようには言われない。

 

至極当然、私もそのように言われた。最初わからない母は「ああ、そう」だったのが、周りから、あれは色々と問題があると、吹き込まれて、一大事となった。

今と違って具体的な情報が全くと言っていいほどなかった母は、具体的に攻撃するすべすら持ち合わせていなかった。ただ母はしたり顔で言った「何人、なった、っていうのがちゃんと上に報告されてるのよ。」

 

上ってなに?上、上、上って、ずっと行って、メッカとか?笑い話である。「日本で〜さん1名入信!」って興味ないだろうなぁ。

 

しかしすぐに、なるほど、と理解できた。「宗教」ってそんなだし。「宗教」の存続にとって構成員を集めるのは最重要事項なのは間違いない。

 

そして母が次に言ったのが、「お金取られているんじゃないの?」

 

うむ。そうくるか。

 

そうした諸々を私が否定すると、「そう言うように言われてるんじゃないの?」と、しかめっ面の瞼を持ち上げて睨んでくる。

 

私がイスラムに触れるたびに、このフレーズが登場した。

 

つまりどこかの誰かに吹き込まれいて、自らの思考を失っている、「洗脳」されている状態だとしか思えないらしい。

 

何を言おうとも、それは「洗脳されているもの」の言葉で、意味すら持たない。

 

特にその被り物が、いかん、と言う。

 

それなら、と私は被り物を取った。母の前では。そうすることで洗脳から解かれた者として、その言葉を聞いてくれるのなら、よほど意味があるだろう、と私は判断した。

 

振り返ってみると、この頃はよく被り物を、つけたり、外したりしていた。

通勤中は被り、オフィスに着くと外し、帰省中新幹線の中やその道中は被り、実家の前で外す。ずっと被っていられる今は幸せです。

 

Now problem with family started.

 

In dictionaries a Japanese word Shukyo means all teachings such as Buddhism, Shinto, Christianity and Islam.  However in my opinion the word "Shukyo (religion)" doesn't actually include Buddhism, Shinto and Christianity but other teaching called so and so "~Kyo" which means "teaching".  "Shukyo (religion)" always comes with dubious, suspicious, mysterious and uncertain atmosphere.  So often we are said "That woman is obsessed with religion" or "She is infected by religion", but even if you are praying in a shrine, no one talk in that way.

 

Very naturally my mother also told me the same.  In the beginning she had no idea at all about Islam so she just said "Oh, I see".  But only after people around her told many things like "it has many problems", she found it a problem. 

 

Because there were very few information about Islam, my mother didn't even know how to fight.  But she told me with triumphant face, "The number how many Japanese became muslim is reported to the top, you know?"

 

To the top?  Go up and up and up and go to Mecca or Ka'ba?  A big joke!  "We got one in Japan !"?  Who care?  No one would be interested.

 

However soon I could understand because "Religion" in Japan is like that.  For sure it is very important for a "Religion" to collect the members.

 

Then mum said, "Have they asked you money?"

 

Umm, that's the way.

 

When I tried to deny all her thought, she then said, "They must have told you to say so" and frowned at me.

 

Whenever I tried to speak about Islam or whenever I utter a letter "I", she repeated this  same sentence.

 

She meant I was imbused with the idea and lost my own thinking.  In short she meant I had been brainwashed.

 

Whatever I say good, it was merely the words of a brainwashed person, doesn't worth to pay attention.

 

"Specially the thing you are covering yourself is the problem" she said.

 

I thought If I don't wear the piece of cloth and she treats me as the one who was released from brainwashed state and listens to my words more, that would be more valuable.

Ok, then I decided to take off the cloth in front of her. 

 

Looking back over the days, I was often wearing and taking off the cloth.

On the way to the job I wore the cloth and take it off once in front of the office's door.  On the way back to my mother's house I wore it but take it off once I arrived at.

 

Now I can wear it all the time.

 

I am a happy person.

 

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イスラムを選んでから何が起きたか What happened after Islam

イスラムの入信って

 

イスラムの「入信」とは面白いもので、言ってみれば、大したことないのです。

 

水浴びる訳でもなく、鐘が鳴ったり、音楽があったり、有り難いお説教がある訳でもなく、成人ムスリムの前でアラビア語の文章読まされて、that's all! それが全て!

最近はニーズを理解したのか、多少演出されていて、「入信式」という雰囲気が、ちょっとはある。まあ今は周りにムスリム多いし、「おめでとう」と言ってくれる人には困らない。また入信セットと称してスカーフもらえたりするらしいし、新人ムスリムだけのパーティーがあったりするようだ。結構なことだ。私の場合、晴れてムスリムになったからと言って、孤独な生活に変わりなかった。ただやるべき事をやり遂げた、安堵があった。

 

 

入信 ビフォーアフター

 

めでたく入信を果たした翌日、いつもの様に先輩ムスリムの所へ質問に行く時だった。

えっつ?と一瞬目を疑った。文字通り目を瞬いた。見るもの見るものが昨日までとは違っていたからだ。目の前に掛かっていた蚊帳の様な薄い生地をサッと取り払われたような、車に乗っていて窓がスルスルと開いたような、水中からプハっと水面に上がったような、世界がキラキラと、ほんとにキラキラキラキラと輝いていた。誰かが画像調整で明度もコントラストも上げちゃったように、物の鮮度が増したような見え方をする。魚の死んだ目が、黒々と  ヌメヌメと生き返り出したような。真剣 に周り見回した。天気のせいか?光のせいか?どうした今日は?花を見ても、木を見ても、生き物を見ても、おいおいどうした?なんでこんなに綺麗なんだ?何を見ても怖いほどに美しく美しくキラキラしていた。世界は美しい、と歩きながら感動でウルウルしていた。涙を隠すのに、焦った。

 

 

How to become a muslim

 

The way to become a muslim is unique.  In other words it is just "nothing".  We don't use water, bell, music or even a sermon.  I was told to read the Arabic sentences which are to testify God is the only one and the prophet Muhammad is the prophet and the messenger of God.

 
That was all!  
 
Recently understanding our needs maybe, it has bit ceremony like atmosphere.  Compared to my time, there are always many muslims celebrating you.  Also you can get a “Muslim Conversion Set” which includes things necessary for prayer and scurf for women.  Even special party for new muslims is arranged.  Excellent!  In my case although I became a muslim I was still being alone.  Yet I was relieved as I could complete what I had to do.
 
After becoming a muslim: the world was beautiful
 
It was the next day.  On the way to my muslim friend's place, I distrusted my own eyes. I literally twinkled my eyes.  All what I saw looked  completely different from yesterday.  As if a piece of dark cloth was taken away in front of my face, as if a car window was opened down while sitting inside car, as if I came up to the water surface from deep inside sea, all the world was glittering with beauty like fresh snow reflecting the sun light.  All looked more fresh as if someone enhanced the contrast and increased the brightness to adjust the image, to the degree that a dead fish recovered black and lively eyes.
I seriously looked around.  Is it because of the weather?  or the sun light?  What happened today?  Flowers, trees, animals, what happened with you all?  Why you are so beautiful?  They had awesome beauty.  Then I understood the world was beautiful.  My eyes brimmed with tears.
 

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私がどうしてイスラムを選んだか(4)苦しみそして、ムスリムになった。 The reason why I became a muslim (4) After long suffering

今、アマゾン見てみると、色々なイスラム本がありますね。うらやましい限りです。

 

その頃はなかった、本。ほんっとに、ありませんでした。

 

きっと小難しい学術本はあったのだろうけど。

 

一番ヒットしたのは「イスラムとは何か」という外国人が書いた翻訳本。同じタイトルで今出ている日本人が書いた書籍とは違います。

 

どんな内容かと言うと、翻訳だからか、とても淡々と語られていました。箇条書きみたいな。一切の思い入れが排除されているような。宗教臭さがなく、私の中に入っていった。そのとつとつさが、一つづつ疑問を解決していってくれた。小難しさとは対局の単純明確さに、打たれた。ひらひら飾り立てたものがいっさいない、朴訥とした真っ直ぐさ。純粋でひたすら真っ直ぐ。ブレがない。矛盾がない。簡明な言葉で十分。幼稚園生でも理解できそうな、人して当然の教え。日本人の「良心」に反する所が一切ない。「これは、間違いないだろう」と思うまでに時間はかからなかった。

数少ない日本語書籍の多くに書かれている、あるイスラム団体を訪ねた。嬉しい苦笑い。期待通りに、そこそこいい加減そうな人々がいた。何人かのパキスタン人、日本人、リビア人。パンフレット類をいっぱいもらい、偶然始まったばかりのアラビア語コースにも通い始めた。冊子を読んだ上で、質問に答えてくれる相手もできた。「もう、これしかないでしょ」という思いが増すばかりだった。

 

イスラムという教えを理解し、受け入れるのは容易かった。それは「目に見える」事実だから、一読と少々の質問で十分。しかし「目に見えない」事実を確認するのは難しい。自分で探さなければならないから。そうした書物は、少ない。「イスラム」とは何かを説く本はある、しかし「神」を説いてはくれない。ある日図書館で粗末ないかにも絶版していそうな本に出会った。その日本語のひどいこと。よくこんな本が公共図書館にあったな。なるほどトルコ人が日本語で書いているのだ。下手な日本語が余計な飾りを取り払っていた。いくつかの下手な挿絵と説明が、なぜか腑に落ちた。釈迦の掌で暴れる孫悟空の絵に、神と人との関係を見た。また真っ暗なスクリーンのテレビが描かれていた。ひとたびスイッチが入ると、初めて色鮮やかな世界が広がり、人や動物が生き生きと動き始める。人間はテレビの中の生き物のように「これが世界だ」と思い込み、生きている。しかしスイッチを消せば、無があるばかり。つまり、私が本当の意味で生きるには、スイッチを認めるしかないっていうこと?そこにテレビがあること、スイッチがあること、スイッチを入れる「何か」があることを。

 

読めば読むほど、「何か」を身近に感じた。それが「神」という言葉で表すしかないのならば、そうだろう。その「何か」が、親切にも人間のために、いや私のために、事細かにアドバイスしてくれている。絶対に成功できる方法、幸せになれる方法を、詳細に教えてくれている。豚肉?他に飽きるほど美味いものをくれているし。酒?別になくても困らない。もう、そうしたものを手に取りたくなくなってきた。だって、私個人のためを思って、「やめたほうがいいよ」と親切にも言ってくれているのだから。

同時に「やったほうがいいよ」と言ってくれているものを欲した。冊子を片手に、イスラムの礼拝を始めた。日本人は日常的に深々とお辞儀をする。しかし正座から床に両手をつけ額をもつける「額ずく」という行為を祈りに組み込んだ「あなた」は、お見事。正座、お辞儀まではまだまだ、しかし「額ずく」と100%の参りました、もうすっかり気持ちよく「あなた」に降参してしまう。こうして日々「あなた」に近づき、アラビア語コーランを詠み、「あなた」との会話を、楽しんだ。

 

これで、十分じゃないか。私は100%ムスリムだ、「あなた」の前では。もう、おめでとうだ。しかし実際は他のイスラム教徒の前で、信仰を表明して「お仲間」に入れてもらう手続きが必要らしい。そうしないといけないことになっているという。「そんなこと意味がない」私は抗った。癪に触った。私は既にちゃんとやっている。その辺のムスリムよりもちゃんとやっているぞ。いっぱいお酒飲んでるムスリムだって知ってる。悪いこと沢山やってるムスリムだって知ってる。すっごい性格悪いムスリムだって知ってる。なのにどうして、生まれつきムスリムだというだけで偉そうにしているそうした面々の前で、「入れていただく」儀式をしないといけないのか?!そんな思いをしながら随分時間が経った、自分の思いにこだわって随分苦しんだ。そうした頃、一緒にアラビア語を勉強していて、イスラム面白いね、なんて言っていた友達が、とん!とムスリムになった。「なっちゃった!」と。「なっちゃった」だと!私がこんなにこんなに苦しんでいるのに、「なっ・ちゃっ・た」? 悔しかった、悲しかった、歯ぎしりするほど悔しかった。何が?何に対して?私が猛烈にムスリムに「ちゃんとなりたがっている」のは明らかだった。質問に答えてくれているご相談役にことの顛末を話すと、涙が溢れてきた。そして気が付いた「そんな意味がない」ことに一番こだわっているのは、自分だ。「あなた」と私との一対一の関係がイスラムならば、いいじゃないか、周りに嫌なムスリムが何人いようとも。尊敬できないムスリムばかりだったとしても。私と「あなた」だけで。

そして、私はムスリムになった。

 

I see Amazon now.  There are many books related to Islam.  Its so good.

 

At my time, there were no books at all.

 

Maybe only very complicated academic ones.

 

The book which I liked most was "What is Islam" which was written by a foreigner and translated into Japanese.

 

Because it was translation, it told me about Islam in a matter-of-fact way excluding any emotion.  It didn't have smell of "religion".  It solved my questions item by item.  I liked that's simplicity which was in the complete opposite of complicity.  It had no flashy decoration but it was just straight, simple, pure and consistent.  It had no discrepancy.  The simple language was enough to explain.  Even kindergarten pupil can understand, the apparent teaching for human beings, never contradict to Japanese conscience.  It didn't take time until I think "This is the thing".

 

On some books a name of Islamic organisation in Japan was written.  So I visited the place.  I had a happy bitter laugh because as I expected I found there ordinary people in good sense and bad sense.  Some Pakistani, Japanese and Libyan people were there.  I received many pamphlets and decided to join an Arabic class which would start from the following week.  I found a person who can reply my questions after reading those pamphlets.  "There wouldn't be something else but this"  I was even more  certain.

 

It was easy to understand Islam and accept because it is visible theory.  One reading and some questions were enough.  However it was very hard to understand and accept invisible thing because I myself had to go to find it.  There were books explain what is "Islam" but what is "God".  One day I found a thin old miserable book in a library.  The language was very poor.  "Why a public library keeps this kind of book?"  The book was written by a Turkish person in Japanese.  I liked the Japanese.  Because it was not fluent it had no decoration on the sentences.  Some pictures and explanation impressed me.  When I saw a picture of Monkey King on the palm of Buddha, I remembered the relation between human being and God. Also there was one picture of TV which screen is in darkness.  Once the switch is turned on people and animals start to move lively and the world of colour starts.  We believe "this is the world" and live like the people and animals inside the TV screen but once the switch is turned off, only the darkness remains. If I want to live in real sense, do I have to admit the TV exists?  Switch exists?  Something which turns the switch on?

 

The more I read, the closer I found the "something".  If a word "God" is the only one which can express the something, it must be God.  That "something" kindly enough to people or to me individually is giving advices precisely the way I can succeed and the way I can be happy in minute details.  Pork?  That "something" is giving me many other delicious food.  Alcohol?  I don't really need it.  Gradually I didn't feel like having them because He is telling me so kindly only for my goodness, "You'd better avoid them."

 

At the same time I wanted to have the things which He tells me "You'd better take them".  So I started Islamic prayer holding one of the pamphlets.  Japanese people are used to bow deeply sitting on the floor.  But He included the action putting both palms on the floor and also the forehead on the floor to the prayer.  I admire His wisdom.  The action sitting on the floor and bowing to Him isn't enough but once I put my palms and forehead on the floor, I am surrendering Him 100%.  Never defying but I totally surrender Him but with comfort.  Everyday I came close to Him reading Quran in Arabic and enjoyed conversation with Him.

 

Isn't this enough?  I must be 100% muslim in His sight.  Congratulations to me!  But in fact I heared I need to go through a ceremony to join them.  I felt, No I don't need such "meaningless" thing.  That irritated me.  I am doing well!  More than any muslims around!  I know many muslims drinking alcohol, doing bad things, or having very bad character.  Then why should I go in front of them and ask me to join?  Just because they are born as muslims?  Feeling such unfairness, days had passed.  Hard days had passed.  I had a friend in the Arabic class who was also interested in Islam.  We were close and often sharing time.  While I was suffering from the deep thought, she, became a muslim, "Well I happened to become a muslim."  Happened?  While I was suffering and suffering spending hard days, she, just, happened, to become a muslim?  I was deeply frustrated and deeply sad.  For what?  I don't know for what but I was so frustrated.  It was now obvious that I wanted to become a muslim.  When I started to talk what happened to the person who always replied my questions, I couldn't control the flow of tears.  Then I realised I was the one who got stuck to such "meaningless" thing.  If the direct relation between He and I  is Islam, that's it.  I don't need to care how many unrespectable muslims are around.  Only God and me is enough.

 

Then, I became a muslim.

 

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私がどうしてイスラムを選んだか(3)ついにイスラム The reason why I became a muslim (3) Finally Islam

宗教の世界を探検して

 

再び、宗教本を読み始めた。

 

今回、境界線は明確だった。

 

人間が作った宗教は、いらない。いかにその人が素晴らしくとも。

 

 

仏教

 

最も親しみもある。教えも、好き。寛容で慈愛に満ちている。そう簡単に捨てるわけにはいかない。

 

母方の田舎である能登半島突端の漁村の風景が忘れられない。その小さな村では人々は大層信仰深く、村唯一の寺の僧侶は尊敬を集めていた。祖母の法要に参加した。30年も前に亡くなった人で多くの村人は知らないだろうに、全ての村人が楽しそうに集まった。子供達は法要を知らせに村を回り、女はエプロンをして。そして僧侶が読経を始めると、なんと村人も大きな声で僧侶について諳んじた。法要の最後に説教があった。僧侶の話は和やかで、面白く、笑いが起きる。村人は僧侶をからかう。そして最後は感動の涙で終わる。

 

美しい、とても美しい。けれども仏教は私に答えをくれなかった。「どうして私はここにいるの?」という問いに。

 

いかに美しいとは言え、Mr.ゴータマ・ブッダと創造主との関係を解決していない教えに、どうして妥協できようか。ブッダはいい人だろう。しかし私が欲しいのは、神なのだ。

 

「真実」は、矛盾や、ややこしさが存在する余地のない、真っ直ぐで、誰でもが簡単に理解でき受け入れられる、一本道のようなものであるはず。私は思っていた。

 

 

キリスト教

 

真実はここにあったか。神という概念を語るキリスト教に期待を寄せた。なにせ3年間キリスト教の高校に行ったのだから。聖書の授業は必修で、月に一回教会で聖歌を歌い跪いたのだから。

 

聖書の授業中ある出来事が起こった。先生が何がしら説明した後、ある生徒が不思議そうに尋ねた「せんせい。イエスと神様って、違うっていうこと?」先生は、そんな基本的なことを今更、と急いで答えた。「もちろん違います!イエスと神は違うものです!」すると他の大勢の生徒が驚きとともに後に続いた「えーっつ!違うの?おんなじじゃないの?おんなじて書いてなかった?聖書に?ずーっとおんなじだと思ってた。じゃあイエスって普通の人なの?」

それが2年間受けた聖書の授業の最後だった。

 

改めて読んでも、難解だった。

キリスト教は、私には難しすぎる。私が出した結論だった。

 

 

ついにイスラム

 

その頃同時に、アラブについてよく読んでいた。私が読んだ本が言っていたように、アラブ人は本当に「泥棒」なのか?ワクワクする旅行記や滞在記をよく読んだ。

 

おもしろかった。珍しかった。アラブに惹かれた。エジプト、ヨルダン、モロッコ、サウジアラビアなどなどについて読んだ。人々の生活や、食べ物、文化などについて書かれていた。アラブ人がどんな考え方をするのかに、より興味があった。様々なアラブの国について読めば読むほど、国や地域を広げて読めば読むほど、その生活、文化には一つの共通項があり、それによって人々は考え行動しているとわかった。それがイスラムだった。全ての土台にイスラムがある。

 

私は決めた。「じゃあイスラムそのものを直接読んでみよう。」

 

 

Exploring the world of religon

 

I started to read again books explaining about religions.

 

At this time my criterion was simple.  I omit all types of religions which are found by a man.

 

I didn't need what a man made though how great he might be.

 

 

Buddhism

 

I didn't want to throw Buddhism because I liked the teachings which are generous and kind.

 

I couldn't forget the view of a fisherman's village which my mother was from.  In the small village people were very religious and the monk of only one temple was highly respected.  When we attended a memorial service for my grand mother dead many years ago, all villagers gathered.  She died 30 years ago so most villagers didn't know her personally.  Howver they seemed happy to come to help the service and once the monk started to chant Buddhist sutra, amazingly enough to me they themselves recited from memory together.  In the end of the ceremony the monk delivered a sermon.  They laughed, even played jokes sometimes but ended with tears.

 

Beautiful it was BUT, BUT Buddhism couldn't answer my question "why we are here."

 

How I can compromise with the complicated relation between Mr. Buddha and the one who created him.  He must be a very good man but what I am looking for is the creator.  The truth must be not complicated but straightforward as all people can understand and accept easily.  That was what I thought.

 

 

Christianity

 

Christianity was another option.  It was the one which directly talks about the creation.  I went to a Christian high school.  All students had to read bibles and pray in the church.  We had a bible class that all students had to attend.  I remember one incident.  After some explanation the teacher made one student spoke aloud with surprise "Are you saying Jesus is not god?"  The teacher quickly replied "No!  Of course not!  He is not god!"  Then suddenly the class became noisy.  Many others said "Jesus and God are two different things?  But here its written ~~~.  Oh I have been thinking they are the same!  Then is Jesus a man?"  That was the last day of our bible class after 2 years study which ended with question marks.  

 

Even after reading again, I came to an conclusion, "Christianity is too difficult for me."

 

 

Finally Islam

 

I was at the same time reading about Arabs to find if they are really thieves as the book was saying.  Mainly books of travels.

 

Very interesting.  Very attractive.  I read about Egypt, Jordan, Morocco and Saudi Arabia and so, simple books talking about their life, people and culture.  I was more attracted to the way how the people think.  The more countries or places I read about,  the easier I understood that there's one common basic idea in all those countries or places which was Islam.  

 

I decided "let me read about Islam now."

 

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私がどうしてイスラムを選んだか(2)自分の信心に気づく The reason why I became a muslim (2) Realize my belief

あらゆる宗教を否定して

 

全ての宗教を否定し始めた。宗教者を軽蔑した。

「なんてかわいそうな人達」いや、むしろ「なんと愚かなんだろう」そう思っていた。

特に修道女や修道士が嫌いだった。私の目には、たんに自分自身に自信が持てない弱い愚かな人々と映った。本当じゃない何かを信じて、結婚もせず、子も持たず、好きな服も着ず、やりたいこともやらず、大事な人生を幻想のために費やしていると。

 

再びアラブ人との出会い

 

日本語教師として働き始めた。

 

勤め先の学校で、また、アラブ人に出会った。イギリスであったアラブ人同様、彼らは「宗教っぽさ」からは程遠い、全く普通の人々だった。日本での生活を楽しみ、新しい食べ物を、新しい友人関係を楽しんでいた。同時に強い決して揺るがない信仰を持っていた。とてもユニークで、宗教を持つどんな人とも違っていた。俗世界と精神世界が共存している感じがした。

 

彼らとの会話の中で、質問をされた。「日本人は何を信仰するのか?」私は答えた。「だいたい仏教神道両方を信じている。日本人は心が広いの。」彼らは顔を見合わせ不思議がった。同時に二つを信じるということがおかしいと言った。また仏像に祈るのはおかしいとも言った。「仏像は人形のようなもので、何にもできないじゃないか。」私は日本人を擁護し始めた。「バカにしないで。私たちは仏像自体は何もしてくれないと知っている。私たちは仏像の後ろにある目に見えない何かに祈っているの。もっともっと深い物があるのよ。」その時、私は確実に自分が「何か」を信じていると認めることになった。

 

自分の信心に気づく

 

「いわゆる宗教」が嫌いだった。なぜなら宗教こそが世界中の諸問題の原因だと思っていた。そこの衝突も、あそこの戦争も。しかし宗教施設に行くのは、昔から大好きだった。教会、寺院、神社、墓場といった祈りの場所。そうした場所にはいつも静謐な空気が流れていて、人々を、自らに誠実になり、純粋な心で何かに向き合わせる力を持っていると感じていた。外を走り回っている子供ですら、ひとたび中に入ると神妙になる。そうした雰囲気がとても、好きだった。祈りではなく、観光目的の訪問かも知れない。それでも何かに向き合う心は、本物だ。そう感じていた。

 

日本では新年に初詣に行く。神社は毎年超満員になる。老いも若きも神社に行き、祈る。若者は言うかも知れない。「元旦は他に行くところもないし、、とりあえずね。」しかし神社で神前に立ち、手を合わせ、こうべを垂れ、目を閉じる。その時間は人によって長いかも知れないし、短いかも知れない。しかし時間の長短に関わらず、その祈りのある瞬間はまぎれもない真実の瞬間で、美しく、甘く、幸福で、崇高そして聖なるひと時であるのは間違いないと思った。不安の表情がいっとき平安に変わる。しかし残念なことにその直後その表情は再び哀しみを帯びた不安の表情へと変わる。なぜなら自分が何に祈っているのかわかっていないのだから。私たちは無条件に祈る、という行為をしばしば行う。試験の最中で、ひどく揺れる飛行機中で、もしも大海の真ん中に一人投げ出されたとしたら、祈るでしょう「助けて!」一体、だ・れ・に、助けを求めているの?それでもまだ何も信じていないと言える?私は自分に向けて問うていた。

 

自分自身を騙すのはやめよう!我々を超越する存在が真実であると知ったのなら、何をしなければならないか。私は、それが何なのか知りたくて知りたくて、はっきりしたくてたまらなっていた。

 

 

Denial of all religions


I started to deny all religions.  I looked down the people who are in religious positions.


"How pity they are!" Or rather "How silly they are!" I was thinking   


I specially detested  nuns and monks because for my eyes they look to be just weak foolish people, believing in something untrue, not marrying, not having children, not wearing what they want, not doing what they want but spend all their precious life for some kind of illusion.


Met Arabs again


I worked as Japanese language teacher.  

 

 


In my school I met some Arabs again.  Like Arabs in the language school in UK, they were also very ordinary people, far from "religious".   They were enjoying life in Japan, enjoying the food, new friends in Japan but they had strong unswerving belief to their religion.  They were very unique and different from any other people with religion.  They were living in secular and spiritual life.


In the discussion with them, I was asked one question, "What do Japanese people believe in?"  I answered, "We mostly believe in Buddhism and at the same time Shintoism." They said its strange to believe in two things.  They also said its strange to pray to Bhuddah statue.  I started to defend Japanese people.  I said "Don't make a fool out of us!  We don't believe in the statue but we believe in the existence behind the statue."  It was the moment I admitted I have some kind of belief.


Realizing my belief 

 


I didn't like what so called "religion" because religion seemed to be the source of troubles in the world.  However I liked visiting religious places such as churches, temples and shrines, places for prayer.  The places are always tranquil and serene.  The places have power to make all the people in the place become honest to themselves and face to "something" with pure heart.  Even kids running outside become quiet once they enter the place.  I liked the atmosphere, very much.  Those people may visit such places not to pray but just for sightseeing but the heart facing to something is true.  I was feeling in the way.


In Japan most people visit shrines in New Year's Day.  Shrines become very crowded every year.  Young ones to old ones visit shrines, and pray.  Young people may say, "Well there's no other places to go in New Year's Day so we just go!"  Yet I could see their sincere faces standing in front of the god of each shrine, putting the palms of hands together and closing their eyes. Someone close their eyes and pray long but someone do so for very short time.  No matter how long or short it is, the very moment is the moment of truth, which is beautiful, sweet, happy, sublime and holy.  Their faces change from anxiety to peace.  But unfortunately shortly after I see their faces change back again to uncertainty because they don't know to what they are praying.

We often make such act of prayer.  In the middle of exam or inside severely shaking airplane or if you are put in the middle of the ocean alone.  You will say "please help!", then to whom you are asking for help?  Do you still say you believe in nothing?  Stop deceiving yourself!  I was asking all such questions to myself.


Once I knew the reality of the super existence, all what I had to do was to find who it is. 

I was eager, very eager to know who it is.

 

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私がどうしてイスラムを選んだか(1)イスラムの最強の敵となる The reason why I became a muslim (1) Became the worst enemy to Islam

感じやすい子供だった。多分。

 

3歳か4歳ぐらい。いつも良く、ありたいと思っていた。

 

お寺の法事なんかでお坊さんの話を聞いて、退屈がるどころか、涙して、大人を驚かせた。変わった子供だった。

 

十代の頃は、宗教に興味を持った。日本人は宗教に寛容で、一人が複数の異なる宗教の信徒になっていることは、珍しくない。

 

「宗教なんでも事典」なんかをよく読んだ。

 

どの宗教もそれぞれに面白く、好きだった。けれどもどれか一つは選べなかった。

 

その時はイスラムなど頭の片隅にもなかった。その頃そうしたHow to本はイスラムをカバーさえしていなかった。それも一つの理由。

 

演劇学校へ行った。

 

実家、家族から離れ、自由を謳歌した。

その頃、宗教は、弱い人間の思い込みに過ぎないと考えるようになった。私は弱くない、だから宗教は必要ない。私は羽がついたように自由だ、と思った。

 

やがてイギリスに行った。英語学校で様々な国の学生に出会った。彼らから宗教について聞くのが好きだった。みんな自分の宗教があり、時々クラスで論争があったり、面白かった。「宗教と政治についてクラスで話すのはやめましょう」となだめるキャサリン先生からすると、私は迷惑だっただろう。なにせすぐあおる。その頃初めて、アラブ人に出会った。渡英直前、ある本を読んだ。それは「アラブ人を見たら泥棒と思え!」と言っていた。今考えてみたらとんでもない本だ。私は思った「これが、アラブ人かあ。」それで彼らに戦いを挑むことにした。彼らに、イスラムについて議論をふっかけた。いかにそれが時代錯誤、不正義、不平等な、いけない教えであるかを指摘していった。私は強かった。とても強かった。誰も私を負かすことはできなかった。私はイスラムの最強の敵となった。

 

よく、「竹を縦に割ったような性格」だと言われる。イエスかノーか。黒か白か、はっきりせい!つまり無宗教であるには、あらゆる教えを否定できなければならなかった。

 

I was a naive girl, probably.

 

I was only 3 or 4.  I was aways thinking to be good.  I was such a child.

 

When I listened  to talks from monks or other religious teachers, I never got bored but sometimes sheded tears.  The adults got impressed with this bit strange child.

 

I was then interested in religion in my teen ages.

 

We have many cult religions in Japan and strangely enough a person becomes a believer of several cults, sometimes buddhism sometimes shintoism and sometimes christian and sometimes mixture of everything.

 

I enjoyed reading some books which explain about those beliefs.

 

I liked all beliefs, but I couldn't chose one.

 

At that time Islam didn't come to my mind at all.  Even those books didn't cover Islam.  That was the reason I didn't even think about it.

 

After high school, I went to an acting school.

 

Far away from home, I enjoyed freedom.  Then I learned religion is an illusion for weak persons.  I totally agreed.  I was free as if I have wings.

 

Later I had a chance to stay in England.  In the language center, I met students from all over the world and I enjoyed hearing about their religions.   Every students have their own religon and they sometimes even argue about it.  I enjoyed it.  My favourite teacher Cahterline often said "let's not to talk about politics and religon in the class".  I must have been a trouble maker because I was often the one who started it.  That was the first time in my life I met Arabs.  I was very curious abut them because I read a book just before traveling to UK saying "consider all Arabs are thieves!" (what a horrible book!).  I thought "Ah this is Arab!" so I decided to give battles to them.  I asked many questions about Islam.  I pointed out how cruel, unfair and anachronistic religion Islam is.  I was strong, very strong.  No one could defeat me.  I was the worst enemy to Islam in the school.  Pity on the brothers (do you remember me?).  But no one could convince me at all.

 

My character is as if you cut something straightly into half, meaning yes or no, or black or white.  I can't help always being very straight forward.  That means once I accept freethinking, I must reject all kinds of religions, totally all.

 

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日本にムスリムって何人ぐらいいるの?たかが1,000人されど1,000人 How many muslims are there in Japan?

よく聞かれます。「日本にムスリムって何人ぐらいいるの?」

 
これが最も難しい質問。
 
外国では、ちゃんと登録しているところがあるらしいのですが、日本にはそんなところはない。
 
今回、初めて自分でちょっとググってみました。
 
以下の数字も、日本に在留するイスラム諸国(と言われる)出身者の数に基づいて、推計したものらしい。
 
早稲田大学の店田先生によると、125,655人。ざっくりとした内訳は、外国人113,000人、その配偶者7,100人、在留資格がない外国人3,000人、その他の日本人2,750人。
 
実に我が家だけで、2,750人の内の4人か。
 
もう一つの桜井先生の統計値は控え目で、82,000人ほど。
 
日本人口1億2600人からすると、0.1%。う〜む、ほんとマイノリティだ。
 
しかし私がムスリムになった当時から比べると、ほんとに増えた。しょっちゅうムスリム見かける。
 
ムスリム観光客も増えたからなのか。
 
子供の数も増えて、喜ばしいことだ。アラブ人や、インドネシアパキスタンみたいな顔の子が、普通に日本語話してる。
 
先述の店田先生によると、未成年者数は約1,000人らしい。
 
この1,000という数字、小さいのか大きいのか。
 
我が家の子供達が小さい時は、イスラム系の幼稚園を手伝った。彼らが成長後はBoys’ Classを作り、今はインターナショナルスクールをちょっとお手伝い。
 
我が家の子供達は今はもう、高校生と中学生になってしまった。それなのに、ないのです。未だ一冊の日本語のイスラム絵本も。
 
世界中に美しいイスラムの絵本が溢れているというのに。これはもう異常事態でしょ。
 
日本には巷に本が溢れているのに、日本といえばアニメなのに。
 
日本の子供達が、桃太郎や金太郎、浦島太郎を諳んじられるように、
 
世界中のムスリムの子供達はイスラムのお話を諳んじられる。
 
それなのに大人の私ですら、どの内容がどの人物のお話だったか、ごっちゃになってしまうことしばし。
 
それもこれも幼少期のイスラム体験が未熟だから。お話を繰り返し読んできていないから。
 
英語のイスラム絵本を、即時通訳して聞かせている立派なお母さんがたもいらっしゃるようだが、
 
ほとんどの母たちは、そんな時間ない。読み聞かせる時間すらないという母たちに、その子供達に必要なのは、
 
自分で読める、イスラムの絵本。
 
いつまでも、「マイノリティ」という言葉に甘んじていていいのか。
 
立ち上がって、なんとかしよう!

 

People often ask "How many Japanese muslims are there in Japan?"

It is one of the most difficult questions to answer. 

Its because we have no official organisations which register muslims or such.

This time I myself went through goggle to find the answer.

Even the following numbers are based on estimation from the number of residents in Japan from muslim countries.

As you may realise, its based on something very doubtful, "muslim countries?".

Anyway according to the report by Waseda University of Japan, there are about 125,655 muslims in Japan.

This number covers non-Japanese from muslim majority countries 113,000, the wives 7,100, illegal residents muslims  3,000 and other Japanese muslims 2,750.

Wow!  We are 4 of 2,750!

In another famous report, the number is 82,000 including non-Japanese and Japanese.
(http://islam.ne.jp/modernmuslim/muslim-population-in-japan/muslim-population-04)

126,000,000 is Japanese population.  Umm, we are about 0.1%.

However compared to the time when I converted into Islam, I feel we have much more muslims.  I daily see many muslims around me. 

Many muslim tourists are visiting Japan nowadays as well.  This may be the reason.

I am glad to see many muslim kids living in Japan.  Many Arab, Indonesian or Pakistani faces are speaking just like my kids.

According to the first report, the number of kids are about 1,000.

I was teaching in an Islamic kindergarten when my sons were small.  After they grew up, I and my husband have arranged a muslim boys' class.  From this April I am teaching in an Islamic school.

My sons are already in high school and junior high school, but up to now there's no even a single Islamic book for kids.

Is 1,000 small or big as number?

There are many beautiful and useful Islamic books for kids in the world but none in Japan.

We have Japanese tales which almost all Japanese kids can tell from their heart, "once upon a time, there was an old couple..." 
We have famous three Taro stories which are Momo Taro (peach boy), Kin Taro and Urashima Taro.  For girls we have Kaguya Hime.

I know muslim kids in the world can tell stories of prophets likewise.

But even I often forget that this story belongs to which prophet?

Some patient mothers are telling such stories translating into Japanese but most mothers are busy and have even no time to tell stories.  If only we have such books for our kids in Japan to read.

We can't keep saying "well, we are minorities so...".

I must stand up and find a way!

 

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